「ほら、あそこに穴が見えるでしょう。あれはね、この辺りでは『カッパの穴』って呼ばれてるんですよ。オレたちが子どもの頃、あの穴にはカッパが住んでるから近寄るなよって、親からよく言われたもんだ」
2000年秋、当時仕事で地元学に取り組んだときのこと。
住田町下有住(しもありす)の月山(がっさん)地区で、地元の人たちと地域の真ん中を流れる気仙川の川べりを歩いていた時、あるお父さんが土手に空いた穴を指さして教えてくれました。
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住田町は、奥州市から三陸海岸に向かって車を走らせ、種山高原を越えたところにある小さな町。種山高原は、宮沢賢治の作品で有名です。
種山ヶ原の 雲の中で刈った草は どごさが置いだが忘れだ 雨あふる
宮沢賢治
地元学に取り組んだ月山地区は、住田町の中心部から車を走らせること10分のところにある山あいの小さな集落。約100世帯の人々が暮らしています。集落の真ん中を流れる気仙川は、アユを釣ることができる清流です。
集落の全長は約2キロで、車で通り過ぎると取りたてて特徴のないところに感じられるかも。ですが地域の人たちと一緒に、道ばたにあるものの一つ一つに足をとめ、心をとめながらゆっくりと歩いたこの月山地区には、実にたくさんの物語が溢れているのでした。
お嫁さんが身投げしたという逸話の残る「嫁ガ森淵」、かつて炭焼きが盛んだったという山々、道ばたにたくさん集められた馬頭観音の碑、お父さんやおじいちゃんが子どもの頃に遊んでいたという大きな玉桂の木、目を見張るほどに大きな砂金が採れたという川…。
そして、そんなたくさんの物語の一つに、この『カッパの穴』があったのでした。
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当時すでに80歳を越えていたおじいさんが話してくれました。
「昔はねえ、子どもはよく川で遊んだもんだ。親は農作業で忙しいから、子どもを常に見守っていることなんて出来やしない。『カッパの穴』があった辺りは流れが急だっただろう?『カッパが出るから近づくな』っていうのはそういう意味さ。流れが急で危ないから、子どもを近づけないようにするための知恵だったんだな。親の変わりに、カッパに子どもを見守らせたのさ」
いわての小さな町や村には、たくさんの物語が溢れています。
地元の人と一緒に、その一つ一つを丁寧に解きほぐしながら歩くことが出来たなら、きっと違った風景が見えてくるに違いありません。
いわてには、そんな物語が、まだまだたくさん息づいています。
月山地区を流れる清流・気仙川
※住田町月山地区での地元学の様子
http://www.iwate21.net/oryza/oryza53/sumita.htm
※いわて地元学事例集
http://www.iwate-digieco.net/kankyou_jimoto/jimoto/index.html